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フィクションです

大学のトイレの個室で泣いてたら私をしばる呪いを発見した

 大学のある講義で、前期試験の範囲(というかこういうことを聞きますよ的な問い)を担当講師から口頭で伝えられた。何度か繰り返して伝えてくれたのだが、口頭ゆえに漢字の語義などの説明が入るおかげか今日の体調が最悪な私は文の最後までを書き写すことができなかった。わからなければあとで個別に質問に来いと聞こえた私は講義後、最後まで書き取ることができなかった旨を講師に伝え、教えてもらおうとした。

 講師の対応は私の予想とは異なっていた。私は、講師の「あとで個別に質問に来ないように」という発言を聞き間違い、質問に行ってしまったのだ。これは100%私の落ち度である。私は謝った。そこですぐに離れればよかったのだが、心のどこかで範囲を教えてくれるんじゃないかと期待していたのだろう、講師が私に投げかける言葉を聞き続けてしまった。

 講義には毎回ちゃんと出席したか? 出席していればすべてを書ききれなくてもなんとなくわかるだろう。他の人は質問をしていない、質問に来ないということはあなた1人だけみんなができることをできていないということだ。大学生なのだからちゃんとしてくれ。

 私はこの講義を今日までの全14回中1度休んでしまったけれど配布されたプリントは受け取っているし、講師の言いつけ通り講義中にスマートフォンをいじることも水分を摂取することもしなかった。毎月ランダムで行われる抜き打ちの出席確認の時は必ず記名をしてある。しかし100人以上受講者がいる教室で講師がそんなことを知るよしもない。私はもう1度すいませんと謝って教室を出た。悲しくてしかたなかった。

 女子トイレの個室は、私のように少人数、特に1対1でのコミュニケーションが苦手な人間にとって聖域である。私はそこでもう1度先ほどのできごとを思い返していた。鎮痛剤を飲んでも治らない頭痛と、めまいに加え心臓が苦しくなり涙がぼたぼたと流れた。自分のことながら泣くほどかと驚く反面、どこか冷静に「私だけが、みんなができることができない」と言われたことがとてつもなく悔しかったのだろうと思った。同時に、この言葉は昔から私をしばっていることに気がついた。

 私が怪しい精神科医発達障害だと診断されたことを抜きにしても、私は幼いころからとろかった。幼稚園の帰りのバスで周りが楽しそうに話している時でもバレエ教室の練習の時でも小学生のころに通っていた塾でも中学・高校に通う通学路でも眠っていた。親や教師などたくさんの大人たちから「あなたはやることが人より遅い」「どうして他の人はできることができないの」などと言われ続けた。がんばってやっても否定されるのが怖くなった私は、次第にがんばることが恥ずかしくなり、物事に真剣に向き合うのをやめた。まれに気が向いてがんばって、ほんの時々褒められても首を横に振った。本来なら、がんばったことを否定されたり結果が出なかったりしたら反骨精神とやらで今まで以上に努力して見返して成長していくべきだったのだろう。でも、私にはそれができなかった。自分は人より遅い、人ができることをできない、と周りの人間に言われた言葉で自分をしばりつけて行動を制限していた。だれかと関わる時も、私ってとろいからと先に自虐して逃げていた。人に遅いよとかできないもんねとか言われても笑ってごまかしていた。

 だれしも苦手なことの1つや2つくらいあるだろう。だからそれを過度に卑下する必要はなかった。できないことのなにが悪いんだくらい言ってやればよかった。そうすることを許せなかった、プライドの塊の私は、久々に「できない」ことを他人から強く指摘されて傷ついたのだった。そりゃあ遅いよりは早い方がいいし、できないよりはできた方がいいけれど、幼いころから周りと比べられすぎてしまった私の精神はうまいこと発達しないまま身体だけ大人になってしまった。

 そのことに気づくと涙は止まり、頭の中は妙にすっきりした。今から自分の性質を変えるのは困難だ。できない私はできないなりにがんばらなければならない。ただこれ以上私みたいな人間を作ってはいけないと思う。そんなことを考えて、周りの自分より年少の人々にいつもより優しく接した。

 

 先生、周りの人より劣っていてごめんなさい。でも私は改めて他の一般多数の人と少数の人を比べるような教育はしたくないと思いました。あとたぶん私の方が人にものを教えるのとか板書とかうまいと思います〜〜!!!