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フィクションです

イルカをころした

 幼稚園・小・中学生のころ、よくうそをつくクラスメートがいた。彼女たちが悪意を持ってうそをつくことはほとんどなく、大抵は「私、イルカを飼っているの」とか「私はスイス語がしゃべれるの」とか、見栄を張るためのうそだった。

 

 イルカを飼っていると言っていた彼女とは幼稚園と小学校が同じで、幼稚園生のころに私にイルカを飼っている話をしてくれた。彼女が身につけているものからはいつも家族が吸っていると思しきたばこのにおいがした。

 私はべつに彼女の話を信じていたわけではなかった、と思う。それなのに信じているふりをしていた。いや、ちがうかもしれない。信じられないけれど信じたくて、そういうことをしていたのかもしれない。もうあまり思い出せないし、無理に思い出そうとも思わない。とにかく、私は彼女のうそに同調していたのだ。

 小学一年生になったばかりのときのことだ。小学生になりたてで給食で勝手がわからない私たちのために数週間、児童の保護者たちが配膳などを手伝ってくれたことがあった。その中には彼女の母親もいた。若くはないが、金色に近い明るい茶色の長い髪の女だった。私と彼女は出席番号が近かったため同じ班で給食を食べることになっていて、そこにもう一つ机をくっつけて彼女の母親も同じ班で給食を食べた。そこで私は彼女の母に言ったのだ。

「○○ちゃん家では、イルカを飼っているんですよね」

 彼女の母親は、初めこそ不思議そうな顔をしたもののすぐに「ああ、イルカのぬいぐるみのことでしょ」と返した。その日以降、彼女がイルカの話をすることはなくなった。

 

 彼女のうそをやめさせようというようなことは思っていなかった、と思う。ただ、ここで彼女の親にイルカの話をしたらどうなるだろうという好奇心はあった。結果、彼女の見栄をぶち壊すことになり、私は罪悪感でいっぱいになってしまった。

 

 彼女は恐ろしいほど勉強ができなかった。その上いつもたばこのにおいをまとっているのでクラスの男子からはあまり好かれていなかった。

 小学六年生のころ、私と彼女は何度目かの同じクラスになった。あるとき、席替えで私と彼女は近い席になった。算数の、分数の計算のテストが行われたときのことだ。公文式や中学受験用の塾、家庭教師のおかげで小学校の勉強でわからないことは特になかった私は、ふと彼女の空欄だらけの答案を見てしまい苦しくなった。なにか彼女のためにできることはないだろうか。そう考えた私は、担任の目を盗み彼女に答えを小声で教えた。男子にお前なにやってるんだよと小声でとがめられたが、やめられなかった。彼女は私が教えた、途中式のない答えのみを書いたテスト用紙を提出した。

 採点が終わった答案用紙が返却されたとき、彼女は担任に呼ばれていた。なにを話していたかは知らない。私は呼ばれなかったからだ。つまり、彼女は担任に私のことを伝えなかったのだ。担任は彼女が私か、他のだれかの答案をカンニングしたと思いこんでいるのかもしれない。私はまた、彼女に罪悪感を抱いた。

 思い返してみると彼女は私に怒ったことなど一度もない。怒ってくれればよかったのにとずるい私は思ってしまう。

 

 その後、彼女は地元の中学校に進学し、地元の定時制高校に四年通って、今は地元で働いているらしい。インターネットで調べた。

 彼女は私のことを覚えているだろうか。忘れていてくれたらいいと思う。私は彼女を一生忘れない。彼女の見栄と、自尊心をズタボロにしたことへの罪悪感を、一生抱きながら生きていく。