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最近のツイッターでのできごと

 ツイッターで2年以上付き合いのあるフォロワーに突然ブロックされてとても驚いた。その人はよく私の書くものを褒めてくれた人で、フォローしてる人を特別扱いするような発言が多く見受けられたので、私は思い上がっていたのだろう。ブロックされてかなり落ち込んでしまった。せめてブロブロ解ならと思ったが、ブロックということは嫌悪感を与えてしまったのだろう。思い当たることがないわけではないが、確実にこれだと思うものがなくて不安だった。

 その後、共通のフォロワーからブロックの理由を部分的に聞いた。私は感情的な性格で、物事を客観視することが得意でなく、その上また聞きなので曲解してしまっているかもしれないが、その理由を私が幸せになることを否定しているように捉えてしまい、生理的嫌悪が生じてしまった。謝られてももう無理で、その人のすべてが受け入れられなくなってしまった。2度と私の人生に関わってほしくないとすら思った。

 私もツイッターで何度も人との縁を切ってきた。今後会う可能性が高い人との縁も切ってしまった。自分の中でよく考えてやったことなので申し訳ないと思いつつもやむを得ないことだったので今後何があっても親しくはできないだろう。注意力が著しくかけている私ですら人との関係を断つときは熟考しているのだから、後悔している風なことを聞いて腹立たしく思った。

 けれど、時間が経つにつれてその人を受け入れられなくなってしまった自分の心の狭さが嫌になってきた。謝罪を受け入れ、その人の話をちゃんと直接聞き、私のその人にとって嫌な部分がもし私が今後生きて行く上で直した方がいいことであれば直すよう努力するという選択をすべきだったのではないだろうか。それでお互い合わないことが改めてわかったらその時本当に縁を切るという形を取ってもよかったのではないだろうか。私だって感情が先走り失敗して後悔することは山ほどある。それなのに他人の後悔を責めるのはおかしいではないか。

 いや、でも私のこのやり場のない生理的嫌悪はどうしたらいい。その人との関係を復活させたらきっと私はその嫌悪感を抱きながらも、うわべだけはなんともない風に付き合うのだろう。そんなギスギスしたタイムラインは私には耐えられない。

 考えすぎて、頭がだるい。