かわいいブログ

フィクションです

自分がかわいいことに気づいたので私をかわいいと言わない人間はかわいそう

 私は一重だし鼻は高くないし顔はこの世で唯一かっこいい彼氏より大きいしちょっとエラ張ってるし指は短いし短足だし華奢じゃないけど、髪の毛は細いし小さい頃からママが手入れしてくれたおかげで肌はきれいだし色白だし鼻の穴は小さいし唇はやわらかいしおっぱいは平均よりあるのでかわいい。女のかわいいは信用ならないなんていうけど実際はそんなの少数派で、ブスだなと思ったらなにも言わないで、ツイッターの裏垢とかで悪口を言うのが大多数だよ。私だってそうだし。

 エリクソンが提言する発達課題モデルでいうところの学童期・青年期に他者から容姿を褒められる経験をしてこなかったからいい歳していまだに「かわいい/かわいくない」に縛られているんだろうなと思う。これは別に他者のせいにしているとかではなくて、人間の美的感覚は人それぞれなんだからどこかしらには私をかわいいと思う人間は存在するし、かわいいと言われたいのならそういう人間を探すか、かわいいと言われるための努力をするべきだったのだ。だけど校則の厳しい学校に通っているとかわいくなるための努力(ここでは化粧のことを指す)は悪だし、かわいくなる方法もわからないし、なにより当時の私にとって最優先だったことは小説や漫画を読むことだった。それでもやっぱり同じオタクでも「メガネ外すと美人!」と言われる友人の横で「お母さんはかわいいのに全然似てないね」「かわいくはない、愛玩動物みたいな感じ」と言われ続けているとかわいいと言われたいなあという欲がむくむくと湧いてくるのだった。

 高校を卒業して、一年遅れて大学に進学して、お化粧を覚えたり、自分に似合うかわいい服を選ぶようになったりして随分かわいくなれたのではないかと思う。いや実際私はかわいい。中高の頃に比べたらすごくかわいくなった。自分の気持ちに正直な友達にかわいいと言われるし。この世で唯一かっこいい彼氏に世界一かわいいかわいいから付き合ってんだろボケと言われるし(怒られるし)。でも中高の頃の友達はかわいくなった私をかわいいと言わない。髪を染めても自分に似合う化粧をしてもブランド物の服を着ても絶対に私をかわいいと言わない。このことをこの世で唯一かっこいい彼氏に相談したら、「昔からのキャラ(≒印象?)があるからしかたない」と言われた。正直、なんで中高の頃の友達の立場での意見を言うのってむかついた。「俺は共感してもらうためのマシンか?」って言われたけどそうじゃないし、客観的な意見が正しいのはわかるけど私を選んだ私の彼氏なんだから私をえこひいきして私だけに寄り添ってくれてもいいじゃんって思ってむかついた。

 こうしてお互いのむかつきを言葉にしてぶつけ合って出した私たちの結論としては「昔からの印象のせいで私のかわいさに気づけない人はかわいそう」というものだ。だってかわいいっていうプラスの感情を抱く機会が一回減るってことじゃん。それってすごくもったいないよなって思う。

 まぁ、私が本当にかわいいかどうかはシュレディンガーのかわいい私なんですけど。