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西尾維新大辞展に行きました

 先日、松屋銀座で開催されている西尾維新大辞展へ行きました。開店と開場が同じ時間なので、開店・開場時間の1時間前の9時から入り口で並びました。私が到着した時にはすでに西尾維新の熱烈ファンが20〜30人以上は並んでいたように思います。

 9時20分を過ぎると店内へと誘導されました。ここで誘導してくれたのがおそらく大辞展のために雇われたスタッフとかではなく、松屋に常駐している店員さんだったのですが彼らの私たちオタクへのあたりが強く、ちゃんと指示通りに並んでいるのにきつい言い方で何度も注意してくるので、血の気が多い私はこの時点でかなりご機嫌ななめになっていました(もしかすると列後方にマナーのなっていない人がいたのかもしれませんが)。そしてエレベーターに押し込まれ展示をやっている階へ到着し、9時45分ごろ入場が許可されました。

 事前にインターネットで物販ブースへ行ってしまうと展示ブースには戻れないということを調べていた私は入場券を2枚購入していたので、まずその1枚を使い真っ先に物販へと向かいました。戯言シリーズの挿し絵を担当している竹さんのイラストが使われたグッズが大々的に出回るのはおそらく初めてなので古参オタクたちは竹絵グッズを買い占めます。連日、昼には公式ツイッターが一部竹絵グッズの完売情報を投稿しています。私はオタクをかき分けアクリルスタンドが売っているコーナーをどうにか見つけ出しました。しかしいくら探しても匂宮出夢くんのアクリルスタンドは売っていません。すぐにグッズの整理をしているスタッフさんに声をかけました。

私「すみません、匂宮出夢くんのアクリルスタンドはどこですか?」

スタッフさん「えー、(アクリルスタンドが売っているコーナーを物色する)、あ。ここにないのでもう本日ぶんは終了ですね」

 この時点でまだ開場10分前の9時50分でした。こんなむごい出来事があって許されるでしょうか? 私は許せません、なぜなら匂宮出夢くんは私が愛する2次元キャラのなかでもトップを争う地位に君臨するキャラクターだからです(対抗馬は北条そふぃちゃんです)。一応購入制限は1人3つまでとなっていましたがそもそも他キャラも置いてある数が少なそうだったし1人3つはどう考えても多いだろ西尾古参オタクの匂宮出夢くんクラスタがどれだけ匂宮出夢くんを溺愛しているかくらいわかるだろいやわかってくれわかってください頼みます匂宮出夢くんは私の中学時代が詰まっているんです青春なんです青春は西尾維新なんです……。

 匂宮出夢くんのアクリルスタンドは喉から手が出るほど欲しいですがまた言い方のきつい指示を受けて並ばされるのはいやだし、こじらせ古参オタクなので物語しか知らないような新参にわかが多い空間に行くのは苦痛で仕方ないため2度目の参戦はありません、おしまい。

勇気を出してきみをフォローするのに2年以上かかってしまった

 8年前のよく晴れた春の日、私は一目惚れをした。長身でぴんと伸びた背すじがとても印象的で、色素の薄い茶色の髪でできたポニーテールから私は目が離せなかった。細くびっしりとはえたまつげはまばたきするたびに風が起こるのではと思わせ、大きな瞳はつねに光を浴びて輝いている。小さな顔、すらりと長い手足、キュッとしまった腰。彼女は頭のてっぺんからつま先まで、すべてが美しかった。

 入学後すぐにあった宿泊体験学習で彼女と同室になった。彼女は、小学4年生の頃に元町でアイスを食べていたらモデルにスカウトされたけれど中学受験のために断ったこと(やっぱり美少女はスカウトとかされるんだなと感心したことを覚えている)、春休みのうちにお母さんから性に関する知識を教わったこと、昔はとても髪が抜けやすくお兄ちゃんがちょっとひっぱっただけでごっそり抜けてしまった経験があること、お兄ちゃんがきらいなことなどを話してくれた。また、彼女は運動が得意だった。とりわけ、野球、ソフトボールが好きで、小学6年生の時の担任の影響でソフトボールを少しかじったことのある私は球技大会でソフトボールを選択し彼女とバッテリーを組んだ。ソフトボールの得意な彼女とキャッチボールをするのは大変だった。もともと運動が苦手なので彼女の球を受け止めるのは難しかったけれど、息がぴったりとあって彼女に褒められるのが本当に嬉しかった。球技大会当日は、初戦で上の学年に当たってしまいいきなり負けてしまった。彼女の悔しそうな表情が忘れられない。余談ではあるが、私たちは野球の知識が豊富な彼女の指導により盗塁をしまくったので次の年の球技大会からは盗塁は禁止となった。

 このように書くと、私と彼女は普通に仲のいい友達のようである。しかし、彼女は私にだけは意地悪だった。好きなアイドルの話をするときは私にだけは絶対に推しのメンバーを教えてくれなかったし、私の名札の裏にゲラゲラと笑いながら「万引き女」と書き込んだりしていた(これは本当に今となってもわけがわからない)。意地悪でいたずら好きで、でもかわいい子だよなぁというのが13歳の私が彼女に抱いた印象だった。

 2年生に進級して彼女とはクラスが離れてしまった。彼女は長かった髪をばっさりと切り、少年のようなショートヘアになった。なんだかんだ真面目でしっかり者の彼女は学級委員長に選ばれた。嫌味がなく明るい性格の彼女はみんなから好かれる人気者だったし選ばれるのは当然といえば当然だけれど、いたずら好きで意地悪な彼女が委員長だなんて私にはしっくりこなかった。たった2つ教室が離れているだけで彼女がとてつもなく遠い存在になってしまったような気がしたのだった。

 3年生になると再び彼女と同じクラスになることができた。確か3年生になって最初の総合学習の時間だったと思う。「弱者」をテーマにグループワークをすることになり自分が調べたい「弱者」を選ぶ時だった。私は仲のいい友人たちが選んだものにピンとこなくて決めあぐねていた。すると1人だけ「ワーキングプア」を選んだ彼女が一緒にやろうと声をかけてきたのだ。そして私たちは2人きりでワーキングプアについて調べてレジュメを作って発表した。彼女がレジュメに「儲からない……」みたいなふきだしつきの棒人間の落書きをしたことをよく覚えている。

 遠くなってしまったと思っていた彼女が普通に話しかけてくれたのが本当に嬉しかった。しかし、私はスクールカースト最下層のオタク趣味の陰キャラである。彼女と2年生の時に仲良くなったと思われるカースト上位の女子から冷たくされた。彼女と話そうとすると必ずと言っていいほど邪魔をされた。次第に彼女とは疎遠になってしまった。

 附属の高校に進学し、再び彼女と同じクラスだったが疎遠な雰囲気は拭えなかった。なんとなく距離を感じてしまい、委員長の指定席に座る彼女を遠くから眺めることしかできなくなってしまった。この頃、友達がたくさんいるはずの彼女はどういうわけか1人きりでお弁当を食べていた。私はクラスで浮いた存在の友人(私自身はその友人のことが大好きで、とても尊敬している)とばかり過ごしていたこともあり余計に彼女に声をかけづらかったのでいまだにその理由はわからない。

 私が高校に在学していた時は高校1年生の授業に声楽があった。毎年冬に学内で発表会をするのだ。先生はとても厳しく、歌を歌うことが得意でなく、特に聖歌の類は眠くなってしまうようなタイプの私にはこの授業が苦痛でたまらなかった。私と彼女は同じパートだった。それだけが救いだった。本番が近づくとホームルームの時間も練習にあてられた。席を移動してパートごとに固まる。どういうわけか彼女は毎回私の隣にやってきた。楽譜をめくるたびに彼女の腕があたる。ドキドキした。歌の練習は本当に嫌いだったけれど、この時間がずっと続けばいいと思った。

 高校2年生になって、彼女とはクラスが離れてしまった。彼女見たさに昼休みのたびに彼女のクラスへと足を運んだ。けれど彼女と話そうとするとどうにも緊張してしまってうまく言葉が出てこない。たまに彼女が話しかけてくれた時は嬉しくて、でも緊張しているのが伝わってしまったらどうしようと不安な気持ちもあって、変に力んでしまっていた。文化祭の当日の朝、校門のところでたまたま彼女と一緒になってお互いがんばろうねみたいな話をしたときはあまり緊張せずに話せてとても良かった。

 バレンタインデーに、毎年恒例の友チョコ交換にかこつけて彼女に手作りのお菓子を渡そうとした。彼女の席の周りを不自然に行き来して、本当に不審だったと思う。結局彼女に渡すことはできず、帰ってから母にあげた。苦い思い出である。

 高3でまた彼女と同じクラスになれたが、この時は私のひどい睡魔と成績不振で手一杯だったので彼女を眺めるだけの機械と化していた。噂で、彼女が有名私大に指定校推薦で合格したという話を聞いた。ちょっとだけ彼女と同じ大学を目指したくなったが、そもそも高校を卒業できるかどうかの瀬戸際に立っている私には到底できっこなかった。

 無事に高校を卒業してから彼女のTwitterアカウントを見つけた。鍵がかかっていたので内容は見えなかった。きっとフォロー申請を送れば許可してくれるだろうけれど、私なんかが彼女をフォローしていいものかと悩んでしまい申請ができなかった。何度か同窓会が開かれたがどれも都合が合わず、彼女に会うことはできなかった。2年以上が経った。彼女がInstagramを始めたことがわかった。中高の頃の友人たちを多くフォローしているようだったので勢いでフォローした。すぐにフォローは返ってきた。そのノリでTwitterもフォロー申請を送った。少し時間がかかったが許可してもらえた。想像はしていたが彼女はSNSにマメではない。最終更新は1ヶ月以上前だった。私はすぐに彼女の全ツイートを遡った。髪を伸ばしていた。バイトをしていた。ひとり暮らしをしていた。酒を飲んでいた。友達と旅行をしていた。そこには私の知らない彼女がいた。

 私は今でも彼女に好意を抱いている。ただ、それは恋人に対する好意とも友人たちに対する好意とも違う。彼女に会いたい。最初はきっと緊張してしまうけれど、そのうち笑顔で話せる気がする。この気持ちは永遠に内緒だけれども。

自分がかわいいことに気づいたので私をかわいいと言わない人間はかわいそう

 私は一重だし鼻は高くないし顔はこの世で唯一かっこいい彼氏より大きいしちょっとエラ張ってるし指は短いし短足だし華奢じゃないけど、髪の毛は細いし小さい頃からママが手入れしてくれたおかげで肌はきれいだし色白だし鼻の穴は小さいし唇はやわらかいしおっぱいは平均よりあるのでかわいい。女のかわいいは信用ならないなんていうけど実際はそんなの少数派で、ブスだなと思ったらなにも言わないで、ツイッターの裏垢とかで悪口を言うのが大多数だよ。私だってそうだし。

 エリクソンが提言する発達課題モデルでいうところの学童期・青年期に他者から容姿を褒められる経験をしてこなかったからいい歳していまだに「かわいい/かわいくない」に縛られているんだろうなと思う。これは別に他者のせいにしているとかではなくて、人間の美的感覚は人それぞれなんだからどこかしらには私をかわいいと思う人間は存在するし、かわいいと言われたいのならそういう人間を探すか、かわいいと言われるための努力をするべきだったのだ。だけど校則の厳しい学校に通っているとかわいくなるための努力(ここでは化粧のことを指す)は悪だし、かわいくなる方法もわからないし、なにより当時の私にとって最優先だったことは小説や漫画を読むことだった。それでもやっぱり同じオタクでも「メガネ外すと美人!」と言われる友人の横で「お母さんはかわいいのに全然似てないね」「かわいくはない、愛玩動物みたいな感じ」と言われ続けているとかわいいと言われたいなあという欲がむくむくと湧いてくるのだった。

 高校を卒業して、一年遅れて大学に進学して、お化粧を覚えたり、自分に似合うかわいい服を選ぶようになったりして随分かわいくなれたのではないかと思う。いや実際私はかわいい。中高の頃に比べたらすごくかわいくなった。自分の気持ちに正直な友達にかわいいと言われるし。この世で唯一かっこいい彼氏に世界一かわいいかわいいから付き合ってんだろボケと言われるし(怒られるし)。でも中高の頃の友達はかわいくなった私をかわいいと言わない。髪を染めても自分に似合う化粧をしてもブランド物の服を着ても絶対に私をかわいいと言わない。このことをこの世で唯一かっこいい彼氏に相談したら、「昔からのキャラ(≒印象?)があるからしかたない」と言われた。正直、なんで中高の頃の友達の立場での意見を言うのってむかついた。「俺は共感してもらうためのマシンか?」って言われたけどそうじゃないし、客観的な意見が正しいのはわかるけど私を選んだ私の彼氏なんだから私をえこひいきして私だけに寄り添ってくれてもいいじゃんって思ってむかついた。

 こうしてお互いのむかつきを言葉にしてぶつけ合って出した私たちの結論としては「昔からの印象のせいで私のかわいさに気づけない人はかわいそう」というものだ。だってかわいいっていうプラスの感情を抱く機会が一回減るってことじゃん。それってすごくもったいないよなって思う。

 まぁ、私が本当にかわいいかどうかはシュレディンガーのかわいい私なんですけど。